実家に帰らせていただきます! [日記]
のび太ママ風に「実家に帰らせていただきます」
というか、大量の化粧箱を実家に置いておくために、激安レンタカー借りて、今晩田舎に向かいます
ところが今日になって日本海側は初雪
激安レンタカーはチェーンすら置いてなく・・・どこかで買うしかないかな?と
ちょっと留守にします。
探さないでください・・・。
(おいおい)
銀座松屋の催事を終えて [日記]
昨日で銀座松屋での「台東区モノ作りフェア」が終わり、ようやく怒濤のイベント出展月間のゴールにたどり着くことができました
作る時間のない中での怒濤の出展では、やはり100%出したいものは出せず、新作のメンズ長財布は間に合ったものの、もうひとつの新作で出す予定だったペンケースは断念せざるを得ませんでした
しかし現行商品の底力というか、自分の思った以上に名刺ケースの手応えを感じました
売れ筋のキーコロネはやはりどこに出しても不動の人気だったし、春の西日本営業行脚でもほぼキーコロネだけで契約成立したわけですが、樹のシート「テナージュ」を使った名刺ケースなどは営業行脚では賛否が分かれてました。
しかし「ものコト市」、「すみだの手しごと展」、「デザイン・フェスタ」、そして銀座松屋・・・
どの会場でも名刺ケースが予想以上に好評で、自分の方向性は決して間違っていなかったと確信しました
松屋では、ネットで調べてわざわざ脚を運んでいただいて「他ブランドの樹のシート名刺ケースよりも断然こっちの方がカッコイイ」とお買い上げいただいたお客様もいらっしゃったり・・・
前日見てやっぱり気になって、最終日の閉店間際にすべり込みでお買い上げくださった方もいらっしゃったり・・・
デザフェスでは2個買っていただいたお客様もいらっしゃったり・・・
決して安くはない名刺ケースをこれほど必要としてくださったことは、ほんと作家冥利に尽きます
キーコロネは立ち止まるお客様が必ず視線を釘付けにし「面白い」「かわいい」「すごい」「発想がすごい」などのお言葉をいただき、また松屋店員のチーフの方も絶賛してくださいました
プレゼントに買っていかれた方も多かったです
もうひとつ、男性客の目を釘付けにしたものが新作メンズ財布
その詳細は別の日記で紹介しますね
超過密スケジュールの中、体調面ではかなり厳しい数週間でしたが、がんばった甲斐あってしっかりとした手応えを掴むことができました
各会場で脚を止めて見てくださったみなさま、お買い上げくださったみなさま、手伝ってくださったみなさま、励ましに駆けつけたお友達のみんな・・・・
ほんとうにありがとうございました
しばらくは体力を回復させたいと思います
P.S 松屋の店員さんに頼まれて、実演コーナーでちょちょっと作ったペンホルダー
めっちゃよろこんでもらいました
松屋中の店員さんから注文が来たら、商品化しちゃおうかなと思います
季節はもうクリスマスですねぇ〜
帰省とセンチュリーライドと8月の近況 [日記]
しばらくアップが滞ってました
まあいろいろありまして・・・。
まあ発端は8月に入ってすぐの高熱による体調不良から始まりまして、熱はがんばって下げたもののダルイ日が数日続きました。
体調もよくなって14日からは田舎に帰省してました。
今年は青春18きっぷを使いまして、各駅列車で帰りました
東京を朝出て、約10時間の長旅で夕方に田舎に到着。
数日のんびりと過ごさせてもらいました
写真は田舎の浜です。
先の新潟の豪雨で流れてきた巨木です
根っこのところで高さ2mぐらいあります。
それはさておき・・・
ただのんびりしてた訳でもありません。
昨年からスタートさせた「笹川流れセンチュリーライド」実現へ向けてのアクション、今年も地味にやりました
ちなみに笹川流れセンチュリーライド実現へ向けての昨年の第1企画であるぼくのなつやすみ散走はこちら。
http://coppi.blog.so-net.ne.jp/2010-08-12
で、今年は何をやったかというと・・・
自治体への提案です
村上市長さんにアポを取り、お忙しい中面会していただいて、いろいろ提案させていただきました。
市長さんは忙しく、最初の15分だけでしたが、地域振興課の参事の方と話が盛り上がりました
笹川流れセンチュリーライドの大きな目的の一つが地元の若い人達の活性化です
仮に自転車イベントだけやっても、地元住民が関心がなければイベントは成功しないし、長続きしません。
大事なのは地元の若い人達の意識改革であり、自らが盛り上げようと思わない限り、どんなイベントも成功しないということ。
なので「じっくり時間をかけて、いずれ実現出来れば・・・」という思いをぶつけ、参事さんも同感ということで話が弾みました
実現に向けてまずやらなければならないことは何か・・・ということをいくつか提案させていただきました。
これで地元自治体とパイプが作れたということで、また小さく1歩前進です
来年は何かしらの小さなツアーをやりたいと思います。
さて、そんな自治体との面談をした日の朝から、また体がおかしくなり・・・
微熱が続き・・・
そんな中無理して各駅列車で東京に戻ってきた日には、また高熱に見舞われ・・・
翌日から3日連チャンで教室の仕事があったので、がんばって熱は下げたものの、翌日午前中に病院で見てもらったら・・・
ちょっとした病気ということが判明
入院は避けられたものの、数日の点滴と安静が必要となり、教室の仕事はドクターストップ
これ、まだこの程度で済んだからよかったものの、悪くなってたら結構やばかったみたいで、放っておいたら死に至りかねなかったようです
おかげさまで今はだいぶ回復して、普通にしてます。
体力はいまいち戻ってないけど
そんなわけで、教室の生徒の皆様、急遽中止にしてしまいごめんなさい
今週はちゃんとやりますよ〜
と、いろいろあった8月でした。
このツケはきっと9月以降にくるんだろうな・・・
こんな時になんなのですが・・・ [日記]
こんな大惨事の時になんなのですが・・・
ボクはいま関西にいます。
東京脱出
いえいえ、じつは前から西日本極貧営業行脚を計画してました。
宿も交通手段もおおかた手配してた時の、今回の大惨事
正直「今回は中止にしようかなぁ~」とも思いました。
しかし、東京にいても被災者のお役にたてない歯がゆさばかり感じてしまいます。
特にボクが気になってるのは、テレビで報道されてる大きな街ももちろん、それ以上にたぶん全く物資も届いてないであろう、今や交通手段が完全に寸断されてるはずの小さな過疎の集落。
ボクの田舎がそういう集落が多いので、気になってGoogleの地図でリアス式海岸をドアップで見てみると、やはり隔離が予想される小さな集落が点在しています。
ヘリ以外の輸送は考えられなそうな集落・・・。
気になってついついテレビを見てしまうので、どうしても気分が落ち込んでしまいます。
これではいけない・・・今は自分がやらなければならないことをしっかりやるべきだと感じました。
ということで少し予定の変更はあったものの、西日本営業行脚を強行することにしました
16日の夜、岡山行きの深夜バスに乗り込み、17日朝に岡山に着きました。
なぜ最初が岡山・・・と思うでしょう?
ちなみに回る予定の街は、大阪、京都、(行けたら)神戸、姫路、岡山、松山、博多、そして熊本。
普通なら一番手前の京都から回るところを、あえて岡山からスタートしました
じつはその方が旅費が掛からないのです
宿代を浮かせて、なおかつ交通費も安く済ませるのに、夜行バス(またはフェリー)がとっても有効な交通手段なのです。
でも近距離で細かく刻んでしまうと、夜行バスが無いんです
だからあえて岡山から大阪、京都に一度戻ってから、京都から夜行バスで松山に行くのです
ってなわけで、岡山に到着したボクは、1軒だけアポを取っていたファッション雑貨のセンスのいいお店に朝イチで向かいました。
オーナーさんはやはりセンスが良くて上品な紳士な方でした。
いろいろ話をさせていただいたのですが、お店の求める物と、こちらの商品に少しズレがあるということで、交渉自体はうまくいかなかったものの、いろいろと貴重なご意見を伺うこともできたし、キーコロネの革のエイジング(経年変化)の具合がかなり気に入っていただけたので、今後お店の求める物に近い新作を作れば・・・という手ごたえは感じました。
オーナーさんもそういうのを求めているとの事だったので、今後に含みを持たせる事のできた交渉でした
そのあと、レンタサイクルを借りて市内を走り回ったのですが、どうもピンとくるお店が見つからず、お店巡りは断念。
城好きなボクのことですから、もちろん岡山城(烏城)と後楽園を見て回りました。
そして夜は、ブログを通して知り合った作家さんお2人と初対面し、海鮮居酒屋でとても美味しい魚と地酒をごちそうになりました。
岡山の街、城下町ということで元々好印象だったのですが、実際に来てより好きになりました
そして翌日・・・
朝、次に向かった先は・・・
そう、革の街姫路です
つづく・・・。
東日本巨大地震 [日記]
この2日間、なんだか何もする気になれません
今回の地震の被災地の映像を見るたび、やるせない気持ちになってしまいます
地震の時、ボクは錦糸町の教室の最中でした。
最初は「震度3ぐらいかな?」と思ってたら、徐々に大きくなり・・・
ボクは生徒さんの道具が収まってる棚を押さえるので精一杯でした。
揺れる棚を押さえながら一番心配したこと・・・
それは津波の心配でした。
この大きな横揺れは、活断層のズレによる「直下型」ではなく、プレートが跳ね上がる「プレート海溝型」のはず・・・
初期微動を感じなかったのにこの大きな揺れ・・・
たぶん震源は浅く、東京の近くではないだろう・・・
どこだろう・・・?
マグニチュードは8.0はあるんじゃないか?・・・
ボクが生まれる前の昭和39年の新潟地震の震源は、ボクの田舎の目の前でした。
地震と津波がそうとうスゴイものだったと、漁師である親から聞かされて育ちました。
「地震が来たら、とにかく高いところへ逃げろ」と教えられてました。
そんなこともあり、地震や津波に関しては昔からとても関心を持ってました。
そして今回の大きな揺れ。
地震がおさまり、震源が宮城と聞いたとき、ゾッとしました
震源が遠いのにこの大きな揺れ
大きな津波が東北方面に来るはず
三陸は大丈夫だろうか???
ボクは数年前、2年続けて陸前高田に行ったことがありました。
毎年8月に陸前高田で自転車ロードレース(市民レース)があったからです。
http://allsports.jp/photo/list00022656_000000739837.html
地元の方々のあたたかさ、大漁旗を振っての応援、風光明媚な海岸、のどかな田舎の風景・・・
地方レースの中で一番好きなレースでした
宿は陸前高田駅の2駅となりの駅前の、アットホームな古びた旅館に2回ともお世話になりました。
一人で泊まってたぼくに、おばあさんが「こっちでゆっくりして」と居間に呼ばれ、テレビを見ながらマンボウの刺身などのめずらしいものをごちそうになりました。
なんだか自分の家にいるような感覚がとっても気に入り、次の年もわざわざ遠くて古いこの宿に泊りました。
そんな思い出のある陸前高田・・・
大丈夫だろうか???
生徒さんのワンセグテレビで映像を見て、恐れていた以上の光景に愕然としました
教室は中止とし、ボクは自転車で帰りました。
この時ほど「自転車でよかった」と思ったことはありません。
帰宅途中にも、ガラスが割れたり、壁が一部落ちた建物がありました。
自宅で一番心配してたのは、本棚。
間違いなく倒れてるだろう・・・
あれが倒れたら、かなりキビシイなぁ・・・
とりあえず無事に帰宅。
玄関を開けると・・・
まあこんなもんだろう。
工房の部屋は・・・
本棚セーフ
居間は・・・
やっぱり高いところに置いてあったものが散乱
まあでも、この程度だったら何の問題も無い。
それよりも東北方面は・・・
テレビから飛び込んでくる映像は、信じられないものばかりでした。
翌日になって飛び込んできた陸前高田の映像に驚愕しました
何も残ってない・・・
レースコースのスタート直後の陸橋が何とか確認できたものの、そこにあった市街地が・・・
高田松原が・・・
宿のおばあさん達は逃げれたのだろうか?
自然の猛威の凄さを改めて感じさせられました。
被害にあわれたみなさまに心からお見舞い申し上げます。
お亡くなりになった多くのみなさまに、心からご冥福をお祈りいたします。
なにも出来ないもどかしさを感じていますが、避難されたみなさまが一日も早く元気になれるように、心からお祈りします。
今回の地震の被災地の映像を見るたび、やるせない気持ちになってしまいます
地震の時、ボクは錦糸町の教室の最中でした。
最初は「震度3ぐらいかな?」と思ってたら、徐々に大きくなり・・・
ボクは生徒さんの道具が収まってる棚を押さえるので精一杯でした。
揺れる棚を押さえながら一番心配したこと・・・
それは津波の心配でした。
この大きな横揺れは、活断層のズレによる「直下型」ではなく、プレートが跳ね上がる「プレート海溝型」のはず・・・
初期微動を感じなかったのにこの大きな揺れ・・・
たぶん震源は浅く、東京の近くではないだろう・・・
どこだろう・・・?
マグニチュードは8.0はあるんじゃないか?・・・
ボクが生まれる前の昭和39年の新潟地震の震源は、ボクの田舎の目の前でした。
地震と津波がそうとうスゴイものだったと、漁師である親から聞かされて育ちました。
「地震が来たら、とにかく高いところへ逃げろ」と教えられてました。
そんなこともあり、地震や津波に関しては昔からとても関心を持ってました。
そして今回の大きな揺れ。
地震がおさまり、震源が宮城と聞いたとき、ゾッとしました
震源が遠いのにこの大きな揺れ
大きな津波が東北方面に来るはず
三陸は大丈夫だろうか???
ボクは数年前、2年続けて陸前高田に行ったことがありました。
毎年8月に陸前高田で自転車ロードレース(市民レース)があったからです。
http://allsports.jp/photo/list00022656_000000739837.html
地元の方々のあたたかさ、大漁旗を振っての応援、風光明媚な海岸、のどかな田舎の風景・・・
地方レースの中で一番好きなレースでした
宿は陸前高田駅の2駅となりの駅前の、アットホームな古びた旅館に2回ともお世話になりました。
一人で泊まってたぼくに、おばあさんが「こっちでゆっくりして」と居間に呼ばれ、テレビを見ながらマンボウの刺身などのめずらしいものをごちそうになりました。
なんだか自分の家にいるような感覚がとっても気に入り、次の年もわざわざ遠くて古いこの宿に泊りました。
そんな思い出のある陸前高田・・・
大丈夫だろうか???
生徒さんのワンセグテレビで映像を見て、恐れていた以上の光景に愕然としました
教室は中止とし、ボクは自転車で帰りました。
この時ほど「自転車でよかった」と思ったことはありません。
帰宅途中にも、ガラスが割れたり、壁が一部落ちた建物がありました。
自宅で一番心配してたのは、本棚。
間違いなく倒れてるだろう・・・
あれが倒れたら、かなりキビシイなぁ・・・
とりあえず無事に帰宅。
玄関を開けると・・・
まあこんなもんだろう。
工房の部屋は・・・
本棚セーフ
居間は・・・
やっぱり高いところに置いてあったものが散乱
まあでも、この程度だったら何の問題も無い。
それよりも東北方面は・・・
テレビから飛び込んでくる映像は、信じられないものばかりでした。
翌日になって飛び込んできた陸前高田の映像に驚愕しました
何も残ってない・・・
レースコースのスタート直後の陸橋が何とか確認できたものの、そこにあった市街地が・・・
高田松原が・・・
宿のおばあさん達は逃げれたのだろうか?
自然の猛威の凄さを改めて感じさせられました。
被害にあわれたみなさまに心からお見舞い申し上げます。
お亡くなりになった多くのみなさまに、心からご冥福をお祈りいたします。
なにも出来ないもどかしさを感じていますが、避難されたみなさまが一日も早く元気になれるように、心からお祈りします。
あけましておめでとうございます。(2011) [日記]
みなさま、あけましておめでとうございます
昨年はなんとか「ABALLI」を本格スタートさせることができました。
昨年中に必ずスタートさせる!という強い思いがあったので、正直あまり体制が整ってなかったけど、いろんな方々のお陰で、個展でとりあえずカタチにすることは出来ました。
昨年はようやく小さな芽を出せた年でした。
そして今年・・・
今年は慌てず着実に葉っぱを広げ、太陽の光を受け成長できるようにしたいと思います。
ただ問題がひとつ起きてまして・・・
ホームページ製作の方がしばらく滞りそうです。
ボクが商品撮影を出来てないというのもありますが、とある事情によりいろいろと移行しなければならなくなりました。
仮の商品ページは撮影さえすればアップ出来そうなのですが、それ以降はしばらくご迷惑お掛けしてしまいそうです。
さて、今年の正月は仕事の整理などもあって田舎には帰らずに東京で過ごしてます。
今年ももちろん近所の鷲(わし)神社で初詣。
わんこがかわいかった~
ここで引いたおみくじが・・・コワイぐらいに今の自分に当てはまってました