サンタクローチェのタンナー巡り②「PATRICIA」 [【イタリア】革屋さん他訪問]
(前の日記のつづき)
「Caravel」の美人スタッフさんに車でサンタクローチェの街の中心まで送ってもらいました
ちょうどバスで降りたところも通りました。
ほんと車だとあっという間
次に向かうタンナーの場所を教えると、そこまで送ってくれました
ありがとうおねえさん
自分で探してたら見つからなかったかも・・・
さて到着した2軒目のタンナーは「PATRICIA」というタンナーさん。
「Caravel」の美人スタッフさんに車でサンタクローチェの街の中心まで送ってもらいました
ちょうどバスで降りたところも通りました。
ほんと車だとあっという間
次に向かうタンナーの場所を教えると、そこまで送ってくれました
ありがとうおねえさん
自分で探してたら見つからなかったかも・・・
さて到着した2軒目のタンナーは「PATRICIA」というタンナーさん。
サンタクローチェのタンナー巡り①「Caravel」 [【イタリア】革屋さん他訪問]
昨年の9月に「世界一の革の街へ」というタイトルで日記を書きました。
革の街サンタクローチェ・スルアルノSanta Croce sull'Arno(ほんとはスルアルノじゃなくスッラルノなんだけど、分かりやすく表記してみました)
その街の手前にあるタンナー(革なめし工場)にバスで行くつもりだったのに、行き過ぎてしまって・・・
と、そんな日記を書いたのですが・・・
いつかつづきを書こう書こうと思ってて、気付いたら書くタイミングが無くなって、10か月も放置してしまう羽目に
ちょうど1年前の今ぐらいに行ったので、 「1年前の7月のイタリア回想シリーズ」に組み込むことにしました
間が空き過ぎちゃってごめんなさい
まずは前回の日記「世界一の革の街へ」をご覧ください。
http://coppi.blog.so-net.ne.jp/2009-09-29
さて本編です。
バスで街の中心までやってきてしまったボク
結構な距離を歩いて戻らなければならないのは想像が付いていました
とりあえず、バスの運転手が書いてくれた地図通りに歩くことに。
ある意味運がいいのかその通りはまさしくタンナー通りと言っていいぐらい、ほんとタンナーしかありません
この通りだけで数十軒のタンナーがありました。
ほんと時間があったら1軒1軒回りたいぐらいでした
革の街サンタクローチェ・スルアルノSanta Croce sull'Arno(ほんとはスルアルノじゃなくスッラルノなんだけど、分かりやすく表記してみました)
その街の手前にあるタンナー(革なめし工場)にバスで行くつもりだったのに、行き過ぎてしまって・・・
と、そんな日記を書いたのですが・・・
いつかつづきを書こう書こうと思ってて、気付いたら書くタイミングが無くなって、10か月も放置してしまう羽目に
ちょうど1年前の今ぐらいに行ったので、 「1年前の7月のイタリア回想シリーズ」に組み込むことにしました
間が空き過ぎちゃってごめんなさい
まずは前回の日記「世界一の革の街へ」をご覧ください。
http://coppi.blog.so-net.ne.jp/2009-09-29
さて本編です。
バスで街の中心までやってきてしまったボク
結構な距離を歩いて戻らなければならないのは想像が付いていました
とりあえず、バスの運転手が書いてくれた地図通りに歩くことに。
ある意味運がいいのかその通りはまさしくタンナー通りと言っていいぐらい、ほんとタンナーしかありません
この通りだけで数十軒のタンナーがありました。
ほんと時間があったら1軒1軒回りたいぐらいでした
世界一の革の街へ [【イタリア】革屋さん他訪問]
「世界一」という定義は、人の捉え方によって違ってきます。
生産量、質、工場の数・・・・・
なので、今回ご紹介する街が誰もが納得する「世界一」かどうかは分かりませんが、ボクの中ではこの街が世界の革なめしの本場中の本場だと思います。
その街は、サンタクローチェ・スルアルノ(Santa Croce sull'Arno)
革の本場イタリアの、さらに本場トスカーナの、もっともタンナー(革なめし工場)【(伊)conceria】が多く集まっている街です。
正確に言うと、サンタクローチェ(スルアルノ)から、隣町のカステルフランコ・ディ・ソット(Castelfranco di Sotto)までの地域が、タンナー(conceria)が集中しているところです。
4月に見に行ったリネアペッレ(国際革見本市)で、何軒かに的を絞って話をし、実際に革を買いに行ってみようと思ったタンナーはみんなこの地域の会社でした。
インターン終了が間近に迫った6月末、ボクはサンタクローチェにタンナー巡りをしに行くことにし、会社と取引のあるタンナーにも行くと社長に伝えたら「会社名義で買えば安いから・・・」と社長のサイン入り名刺を渡されました。
ついでに社長にタンナーへの連絡もお願いしちゃいました。
さて当日、じつはこの日は午前中にLUCIANO(ルチアーノ)に寄ってから向かうことにしてたのですが・・・・・
おかしい・・・
いくらバスを待っても、来る気配がない
バス停には他にも数人の人がバスを待ってます。
しば~~~らく待って、どうやらストらしいという情報が
おいおいまたかよ
幸い、近くにバス停がある別会社のバスは動いてたので、なんとかチェントロに出ることは出来たものの、大幅に時間が遅れ、結局LUCIANOと会うことは出来ませんでした
さて今日のメインイベント、サンタクローチェに行くことにします。
フィレンツェSMN駅からピサ行きの各駅に乗り、50分ほど行くと最寄駅に着きます。
その最寄駅の名前ですが・・・
通常は San Romano と呼ばれてるらしいのですが、イタリア国鉄HPで「San Romano」で検索しても違う駅が出てきます。
正式には「S.Romano-Montopoli-S.Croce」(サン・ロマーノ モントポーリ サンタ・クローチェ)」なので、これで検索してみてください。
イタリア国鉄ホームページ
さて、そのサン・ロマーノ(モントポーリ・サンタクローチェ)に到着
「きっとバスが出てるんだろうな~」「出てなかったらタクシーで・・・」と思ってたのですが、とりあえずバスがあって一安心。
生産量、質、工場の数・・・・・
なので、今回ご紹介する街が誰もが納得する「世界一」かどうかは分かりませんが、ボクの中ではこの街が世界の革なめしの本場中の本場だと思います。
その街は、サンタクローチェ・スルアルノ(Santa Croce sull'Arno)
革の本場イタリアの、さらに本場トスカーナの、もっともタンナー(革なめし工場)【(伊)conceria】が多く集まっている街です。
正確に言うと、サンタクローチェ(スルアルノ)から、隣町のカステルフランコ・ディ・ソット(Castelfranco di Sotto)までの地域が、タンナー(conceria)が集中しているところです。
4月に見に行ったリネアペッレ(国際革見本市)で、何軒かに的を絞って話をし、実際に革を買いに行ってみようと思ったタンナーはみんなこの地域の会社でした。
インターン終了が間近に迫った6月末、ボクはサンタクローチェにタンナー巡りをしに行くことにし、会社と取引のあるタンナーにも行くと社長に伝えたら「会社名義で買えば安いから・・・」と社長のサイン入り名刺を渡されました。
ついでに社長にタンナーへの連絡もお願いしちゃいました。
さて当日、じつはこの日は午前中にLUCIANO(ルチアーノ)に寄ってから向かうことにしてたのですが・・・・・
おかしい・・・
いくらバスを待っても、来る気配がない
バス停には他にも数人の人がバスを待ってます。
しば~~~らく待って、どうやらストらしいという情報が
おいおいまたかよ
幸い、近くにバス停がある別会社のバスは動いてたので、なんとかチェントロに出ることは出来たものの、大幅に時間が遅れ、結局LUCIANOと会うことは出来ませんでした
さて今日のメインイベント、サンタクローチェに行くことにします。
フィレンツェSMN駅からピサ行きの各駅に乗り、50分ほど行くと最寄駅に着きます。
その最寄駅の名前ですが・・・
通常は San Romano と呼ばれてるらしいのですが、イタリア国鉄HPで「San Romano」で検索しても違う駅が出てきます。
正式には「S.Romano-Montopoli-S.Croce」(サン・ロマーノ モントポーリ サンタ・クローチェ)」なので、これで検索してみてください。
イタリア国鉄ホームページ
さて、そのサン・ロマーノ(モントポーリ・サンタクローチェ)に到着
「きっとバスが出てるんだろうな~」「出てなかったらタクシーで・・・」と思ってたのですが、とりあえずバスがあって一安心。
フィレンツェの革屋さん②『LUCIANO』 [【イタリア】革屋さん他訪問]
え~ 長らくご無沙汰しておりました
帰国してからというもの、イタリアの事や革、バッグの事など、全然ブログにアップせず、ほぼほったらかし状態でした
それには少々ワケがございまして・・・
イタリアおよびフランスの写真が膨大過ぎて、ノートPC内で処理するにはいろいろな手間が掛かってしまったんです
それともう1つ、優先順位的にブログは後回しにしなければならない状態だったので(今もそうなのですが)、なかなかアップまで至りませんでした
しかし、え~かげんアップせんかぃと、自分自身にツッコミをいれ、ブログを再開するに至りました。
まずアップしなきゃならないもの・・・
そう、『ぼくボストン』ですね。
でも、「ぼくボストン」をアップするには、まず先にその製作の経緯をアップしなきゃなりません。
ということで、革を買うところから始めたいと思います。
* * * * * * * * * * *
それはまだ冬の寒さが身にしみる2月末ぐらいだったと思います。
ある日、学校で午前中のイタリア語の授業を終え、鞄の授業(午前中は靴の授業)をやる教室に入ると、靴の授業中なのだけど、その日は見知らぬおじいさんが座ってました。
聞くと、時々革を売りに来てる革屋さんのLUCIANO(ルチアーノ)さん。
話には聞いてたけど、この時が初対面でした。
この日はちょっと珍しいカンガルー革などを持ってきていて、靴コースの友達がそれを買っていました。
変ったものが好きなボクは、もちろんそのカンガルー革に惹かれ、「今度革を買いに行きたいので・・・」と、連絡先を教えてもらいました。
このLUCIANOさん、普通の革屋さんとはちょっと違い、前もって電話で行く日時を調整してからでないと買えないのです
後日ボクはLUCIANOにカタコトのイタリア語で電話し(もちろんイタリア語しか通じません)、「明日の10時に友達と行きます」と連絡をとりました。
そして翌朝、友達と待ち合わせて、もらった名刺の住所のあたりを行ったり来たりするものの、あるはずの「4r(赤い4番)」の番地の表札が見当たらない・・・
しばらく行ったり来たりして・・・「えっひょっとしてここ」と見つけた扉は・・・
開いてないと、それが扉とすら気付かない、物置か何かのような扉でした
(その時はまだLUCIANOが来てなかったので、扉も閉まっていて電気も点いてませんでした)
中に入って階段を下りていくと・・・
そこは、お店ではなく、完全に地下倉庫です
まあそれはいいとして、カンガルー革があるか聞いてみたところ・・・「ない」とのこと
仕方なく、何かいい革はないか?といろいろ出してもらいました。
これは確実にワシントン条約に引っかかるでしょ~というものから、ごく普通のものまで見させてもらったものの・・・ピンと来るものがなく・・・
そうしたら、奥の方で「これはどう?」と呼ぶので行ってみると・・・
見た瞬間「これだっ」という革に巡り会いました
その革こそ、4ヶ月後に「ぼくボストン」に使われることになる牛革だったのです
残念ながらその革の写真がありません
というか、1~2月に撮った写真をすべて1枚のDVDに入れたのですが・・・・・なぜかそのDVDが開けなくなってしまいまして・・・
つまり1~2月の写真は全て消えてしまったんです
その革は、LUCIANO本人が手仕事でヌメ革に着色した、程よくムラのあるいい感じの渋い茶色の革で、キップ【中牛革】(人間で言うと小学生~中学生ぐらい?)のちょっとカーフ【仔牛革】寄り(つまり小学3年生ぐらい?)の革なので、程よく柔らかく、程よくコシもある、いい革でした
1枚80ユーロと高かったので悩んだのですが、買っちゃいました。
その後、6月の末に、同じ革を何枚か作ってもらい、その革でバッグを作って商品展開しようと思い、さらに2枚注文したのですが、元のヌメ革の微妙な質の違いから、どうしても同じようにいかず、イメージと異なる2枚になってしまいました
(その革にオイルを塗ってるところ)
フィレンツェのチェントロ(中心)で、ここ以外に革屋さんを見たことがないので、チェントロ唯一の革屋さん?なのではないかと思ってます。(バッグ屋さんが革も売ってくれるお店はありますが・・・)
倉庫の場所は、Ponte Vecchio(ヴェッキオ橋)の隣のPonte S.Trinita(サンタ・トリニタ橋)を渡った、美味しいジェラート屋さんの裏の方、サント・スピリト教会の近くにあります。
ただし事前連絡が必要ですが・・・
「お勧めするか?」と聞かれたら玉虫色の回答をしてしまいそうですが、詳しい情報を知りたいという方は、aballi328@gmail.com(加藤)までご連絡ください。
御歳72~3歳(だったかな?)のLUCIANOおじいさんのお店でした。
帰国してからというもの、イタリアの事や革、バッグの事など、全然ブログにアップせず、ほぼほったらかし状態でした
それには少々ワケがございまして・・・
イタリアおよびフランスの写真が膨大過ぎて、ノートPC内で処理するにはいろいろな手間が掛かってしまったんです
それともう1つ、優先順位的にブログは後回しにしなければならない状態だったので(今もそうなのですが)、なかなかアップまで至りませんでした
しかし、え~かげんアップせんかぃと、自分自身にツッコミをいれ、ブログを再開するに至りました。
まずアップしなきゃならないもの・・・
そう、『ぼくボストン』ですね。
でも、「ぼくボストン」をアップするには、まず先にその製作の経緯をアップしなきゃなりません。
ということで、革を買うところから始めたいと思います。
* * * * * * * * * * *
それはまだ冬の寒さが身にしみる2月末ぐらいだったと思います。
ある日、学校で午前中のイタリア語の授業を終え、鞄の授業(午前中は靴の授業)をやる教室に入ると、靴の授業中なのだけど、その日は見知らぬおじいさんが座ってました。
聞くと、時々革を売りに来てる革屋さんのLUCIANO(ルチアーノ)さん。
話には聞いてたけど、この時が初対面でした。
この日はちょっと珍しいカンガルー革などを持ってきていて、靴コースの友達がそれを買っていました。
変ったものが好きなボクは、もちろんそのカンガルー革に惹かれ、「今度革を買いに行きたいので・・・」と、連絡先を教えてもらいました。
このLUCIANOさん、普通の革屋さんとはちょっと違い、前もって電話で行く日時を調整してからでないと買えないのです
後日ボクはLUCIANOにカタコトのイタリア語で電話し(もちろんイタリア語しか通じません)、「明日の10時に友達と行きます」と連絡をとりました。
そして翌朝、友達と待ち合わせて、もらった名刺の住所のあたりを行ったり来たりするものの、あるはずの「4r(赤い4番)」の番地の表札が見当たらない・・・
しばらく行ったり来たりして・・・「えっひょっとしてここ」と見つけた扉は・・・
開いてないと、それが扉とすら気付かない、物置か何かのような扉でした
(その時はまだLUCIANOが来てなかったので、扉も閉まっていて電気も点いてませんでした)
中に入って階段を下りていくと・・・
そこは、お店ではなく、完全に地下倉庫です
まあそれはいいとして、カンガルー革があるか聞いてみたところ・・・「ない」とのこと
仕方なく、何かいい革はないか?といろいろ出してもらいました。
これは確実にワシントン条約に引っかかるでしょ~というものから、ごく普通のものまで見させてもらったものの・・・ピンと来るものがなく・・・
そうしたら、奥の方で「これはどう?」と呼ぶので行ってみると・・・
見た瞬間「これだっ」という革に巡り会いました
その革こそ、4ヶ月後に「ぼくボストン」に使われることになる牛革だったのです
残念ながらその革の写真がありません
というか、1~2月に撮った写真をすべて1枚のDVDに入れたのですが・・・・・なぜかそのDVDが開けなくなってしまいまして・・・
つまり1~2月の写真は全て消えてしまったんです
その革は、LUCIANO本人が手仕事でヌメ革に着色した、程よくムラのあるいい感じの渋い茶色の革で、キップ【中牛革】(人間で言うと小学生~中学生ぐらい?)のちょっとカーフ【仔牛革】寄り(つまり小学3年生ぐらい?)の革なので、程よく柔らかく、程よくコシもある、いい革でした
1枚80ユーロと高かったので悩んだのですが、買っちゃいました。
その後、6月の末に、同じ革を何枚か作ってもらい、その革でバッグを作って商品展開しようと思い、さらに2枚注文したのですが、元のヌメ革の微妙な質の違いから、どうしても同じようにいかず、イメージと異なる2枚になってしまいました
(その革にオイルを塗ってるところ)
フィレンツェのチェントロ(中心)で、ここ以外に革屋さんを見たことがないので、チェントロ唯一の革屋さん?なのではないかと思ってます。(バッグ屋さんが革も売ってくれるお店はありますが・・・)
倉庫の場所は、Ponte Vecchio(ヴェッキオ橋)の隣のPonte S.Trinita(サンタ・トリニタ橋)を渡った、美味しいジェラート屋さんの裏の方、サント・スピリト教会の近くにあります。
ただし事前連絡が必要ですが・・・
「お勧めするか?」と聞かれたら玉虫色の回答をしてしまいそうですが、詳しい情報を知りたいという方は、aballi328@gmail.com(加藤)までご連絡ください。
御歳72~3歳(だったかな?)のLUCIANOおじいさんのお店でした。
キャリーパーツメーカー「TRAVETTI」 [【イタリア】革屋さん他訪問]
先週の木曜日の夜に自転車担いでミラノ入りし、安宿に3泊してのミラノ(近郊)3days
その初日(金曜日)は、リネアペッレで興味を持った、キャリーバッグのパーツのメーカー「TRAVETTI」を訪ねることにしていました。
http://www.travetti.com/
この会社は、ミラノから北西方向に行ったVARESEという街からさらに数km先の街にあります。
湖水地方の若干手前かな?
湖水地方の代表的な湖といえばコモ湖です
「TRAVETTI」から25kmぐらい東に行くと、コモ湖畔の美しい街コモ(Como)にたどりつけます
しかもコモ湖畔は自転車のメッカ
マドンナ・デル・ギザッロという有名な自転車教会があるのです
こりゃ行かずにいれないでしょぉ~~~
ということで、「VARESE行きの電車に自転車を積んで(3.5ユーロの自転車チケットで各駅ならそのまま自転車が積めます)朝イチでTRAVETTI社を訪問して、そこから自転車でコモの街へ。
コモの駅に荷物を預けて、コモ湖畔をサイクリングして、ギザッロ教会に行って、コモから電車でミラノに帰る」という段取りのはずでした。
・
・
・
しか~~~しっ
前夜から雨ですっ
このところずっと天気が良かったので、まったく雨の心配をしていませんでした。
もちろん寒さ対策もしてません
当日(金曜)朝、外を見ると・・・ぎりぎり降ってません
いつ降り出してもおかしくない天気ですが、こうなったら強行突破です
予定どおりジャージに着替え(下はレーパンの上にカーゴパンツ)自転車でミラノ駅へ。
事前にメールで「9時か10時頃に行きます」と送ったら、「9時ぐらいの方がうれしいです」とのお返事だったので、9時に着ける7時30分のVARESE行きの電車に乗って、出発を待ってたのですが・・・
様子がおかしいです
なかなか出発しません
まあこういう遅れは普通にしょっちゅうある国なので、のんびり構えてたのですが・・・20分ぐらいして、乗客がみんな降り始めました
どうやら7時30分の電車は運休になったようです
さすがはイタリア
どうやら今日はボクにとって仏滅か大殺界なんだなと直感しました
結局次の8時半の電車でVARESEへ
その初日(金曜日)は、リネアペッレで興味を持った、キャリーバッグのパーツのメーカー「TRAVETTI」を訪ねることにしていました。
http://www.travetti.com/
この会社は、ミラノから北西方向に行ったVARESEという街からさらに数km先の街にあります。
湖水地方の若干手前かな?
湖水地方の代表的な湖といえばコモ湖です
「TRAVETTI」から25kmぐらい東に行くと、コモ湖畔の美しい街コモ(Como)にたどりつけます
しかもコモ湖畔は自転車のメッカ
マドンナ・デル・ギザッロという有名な自転車教会があるのです
こりゃ行かずにいれないでしょぉ~~~
ということで、「VARESE行きの電車に自転車を積んで(3.5ユーロの自転車チケットで各駅ならそのまま自転車が積めます)朝イチでTRAVETTI社を訪問して、そこから自転車でコモの街へ。
コモの駅に荷物を預けて、コモ湖畔をサイクリングして、ギザッロ教会に行って、コモから電車でミラノに帰る」という段取りのはずでした。
・
・
・
しか~~~しっ
前夜から雨ですっ
このところずっと天気が良かったので、まったく雨の心配をしていませんでした。
もちろん寒さ対策もしてません
当日(金曜)朝、外を見ると・・・ぎりぎり降ってません
いつ降り出してもおかしくない天気ですが、こうなったら強行突破です
予定どおりジャージに着替え(下はレーパンの上にカーゴパンツ)自転車でミラノ駅へ。
事前にメールで「9時か10時頃に行きます」と送ったら、「9時ぐらいの方がうれしいです」とのお返事だったので、9時に着ける7時30分のVARESE行きの電車に乗って、出発を待ってたのですが・・・
様子がおかしいです
なかなか出発しません
まあこういう遅れは普通にしょっちゅうある国なので、のんびり構えてたのですが・・・20分ぐらいして、乗客がみんな降り始めました
どうやら7時30分の電車は運休になったようです
さすがはイタリア
どうやら今日はボクにとって仏滅か大殺界なんだなと直感しました
結局次の8時半の電車でVARESEへ
国際革見本市『リネアペッレ』@ボローニャ [【イタリア】革屋さん他訪問]
半月以上前の話にはなりますが・・・
ボクがこのイタリア留学において、最重要項目に挙げていることのひとつがイタリアのタンナー(革なめし業者)とコンタクトをとること。
そのために絶対行きたいと思ってたのが、毎年2回開催される世界最大の国際革見本市「LINEAPELLE(リネアペッレ)」
もう先月の話にはなりますが、念願のリネアペッレに行ってきました
ボローニャ駅を出て左の方にある35番のバスが止まるバス停に、会場であるBologna Fiere行きのシャトルバスが来るようなので、ひたすら待ってたのですが・・・
そもそもイタリアで順番通りにならんで順序良く待つなんてことはほぼ無いわけで、やっと来たバスが列の最後尾の方に停まったもんだから最後尾の方の人だけが乗れて、ひたすら待ってた人たちは次のバスを待たなきゃならないという、なんとも理不尽な国です
まあ後続バスがすぐに来たからまだ良かったのですが・・・。
バスで10分ほどで会場到着です。
ボクがこのイタリア留学において、最重要項目に挙げていることのひとつがイタリアのタンナー(革なめし業者)とコンタクトをとること。
そのために絶対行きたいと思ってたのが、毎年2回開催される世界最大の国際革見本市「LINEAPELLE(リネアペッレ)」
もう先月の話にはなりますが、念願のリネアペッレに行ってきました
ボローニャ駅を出て左の方にある35番のバスが止まるバス停に、会場であるBologna Fiere行きのシャトルバスが来るようなので、ひたすら待ってたのですが・・・
そもそもイタリアで順番通りにならんで順序良く待つなんてことはほぼ無いわけで、やっと来たバスが列の最後尾の方に停まったもんだから最後尾の方の人だけが乗れて、ひたすら待ってた人たちは次のバスを待たなきゃならないという、なんとも理不尽な国です
まあ後続バスがすぐに来たからまだ良かったのですが・・・。
バスで10分ほどで会場到着です。
フィレンツェの鞄材料屋さん②『A.B.C.Morini』 [【イタリア】革屋さん他訪問]
フィレンツェでの第1週目で革屋さんと材料屋さんで買い物をしたぼく。
で、鞄制作にあたって、やっぱりコバ(革の端)に塗るものが最低限必要だなぁと感じました。(学校にはそれすらありません)
SENATORIに行った時にも買おうと思ってたんですが、ドでかいボトルしかなかったんです
で、2週目、6時までの授業を4時で抜け出して、もう一つの鞄材料屋さん『A.B.C.Morini(アービーチーモリーニ)』に行ってみることにしました。
そのお店はやはり26番のバスなのですが、めっちゃ遠いんです
終点近くらしいんです。
クラスメイトから「26番または26C番のバスの終点までいって、そのまま乗って待ってて、再び走り出してから一つ目のバス停」と聞いていたので、26番にひたすら乗ってました。地図を片手に。
SENATORIのバス停も過ぎて、さらにまっすぐ・・・ひたすらこの通りを往くのだろう・・・と思ってたら、途中で思いもよらぬ方向に向かい始めました
焦り気味のボク
ぐるぐると何度も回ってるうちに、方向感覚が分からなくなったものの、途中で地図と照らし合わせて何とか現在地を確認。
・
・
・
って、どっちに向かってんだぁ~~~っ
いや、きっと終点まで行けば近い所に行けるはず・・・と、不安を感じながらバスに揺られます。
とある辺鄙なところのバス停で、乗客がみんな降りたので(乗客がこっちをジロジロ見ながら降りていくのです)終点なのかと思いきや、もう1つ先が終点でした。
・
・
・
って、全く違う小さな町の小さな教会の前が終点
明らかにおかしいです
バスの運転手に地図を見せて、ここに行きたいんですけど・・・と言うと「そっちには行かないよ。そっちに行くのは26Cのバスだよ」ということでした
ガーーーン
で、鞄制作にあたって、やっぱりコバ(革の端)に塗るものが最低限必要だなぁと感じました。(学校にはそれすらありません)
SENATORIに行った時にも買おうと思ってたんですが、ドでかいボトルしかなかったんです
で、2週目、6時までの授業を4時で抜け出して、もう一つの鞄材料屋さん『A.B.C.Morini(アービーチーモリーニ)』に行ってみることにしました。
そのお店はやはり26番のバスなのですが、めっちゃ遠いんです
終点近くらしいんです。
クラスメイトから「26番または26C番のバスの終点までいって、そのまま乗って待ってて、再び走り出してから一つ目のバス停」と聞いていたので、26番にひたすら乗ってました。地図を片手に。
SENATORIのバス停も過ぎて、さらにまっすぐ・・・ひたすらこの通りを往くのだろう・・・と思ってたら、途中で思いもよらぬ方向に向かい始めました
焦り気味のボク
ぐるぐると何度も回ってるうちに、方向感覚が分からなくなったものの、途中で地図と照らし合わせて何とか現在地を確認。
・
・
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って、どっちに向かってんだぁ~~~っ
いや、きっと終点まで行けば近い所に行けるはず・・・と、不安を感じながらバスに揺られます。
とある辺鄙なところのバス停で、乗客がみんな降りたので(乗客がこっちをジロジロ見ながら降りていくのです)終点なのかと思いきや、もう1つ先が終点でした。
・
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って、全く違う小さな町の小さな教会の前が終点
明らかにおかしいです
バスの運転手に地図を見せて、ここに行きたいんですけど・・・と言うと「そっちには行かないよ。そっちに行くのは26Cのバスだよ」ということでした
ガーーーン